どうしたら相手の一歩を促せる? 人を動かすメディアの使い方
今や、企業か個人かを問わず、ネットを介して伝えたいことを自由に発信できる時代だ。しかし、それが本当に相手に受け入れられるかどうかは、別問題。どうすれば、相手のアクションを促せるくらい、メッセージを深く届けられるのだろうか?
企業のコンテンツマーケティングを支援するリベルタによるセミナー「ViTALIZE」、メディアシリーズの第1回のテーマに据えられたのは「今、人を動かすメディアの使い方」。メディアジーンの尾田和実氏、スマートニュースの望月優大氏、inquireのモリジュンヤ氏を迎え、8月24日にインフォバーンにて開催された本セミナーでは、それぞれがメディアを運営する中でどういった観点を持ち、何を重視しているのか、目指すところなどが存分に語られた。
「続ける、広げる、巻き込む」「新たな一歩を踏み出すきっかけをつくる」「健全な運営はメディアの生命線」……たくさんのキーワードが飛び出したディスカッションの模様をレポートする。
登壇者との対話の時間も設けられた本セミナーには、約50名が参加した
“編集長”に向けてつくる
それぞれ第一線で活躍しながら、バックグラウンドが異なる三名の編集者が顔を揃えた。
メディアジーンの尾田氏は、音楽系出版社などを経て2009年に同社に参画。2015年より一旦サイバーエージェントにてメディア運営に携わった後、今年改めてメディアジーンに復職、現在は「ギズモード・ジャパン」「ルーミー」「FUZE」の3メディアの事業統括プロデューサーを務める。スマートニュースの望月氏は、経済産業省やGoogleなどを経て、現在は非営利団体の情報発信を支援する「SmartNews ATLAS Program」に携わりながら、個人ブログを中心に執筆も行っている。自身が立ち上げた編集デザインファーム、inquireのモリ氏は、「greenz.jp」での編集を経て「THE BRIDGE」「マチノコト」などに立ち上げから参画。現在は自社メディア「UNLEASH」の運営などを手がける傍ら、NPO法人soar(ソア)の副代表として「soar」の運営にも携わる。
ディスカッションの最初のテーマは、現在携わるメディアの編集方針について。尾田氏は、紙からWebへ軸足を移した経験から、「紙とWebとでいちばん違うなと感じるのは、有料で読者が購入する雑誌は、お金をかけてつくり込めるが、Webメディアはごまかしが効かないこと」と語る。読者が満足する記事を出し続けるには、おのずと自分に近い属性の人に向けてつくるのが正攻法になる。「その意味で、『ギズモード・ジャパン』をはじめ3媒体とも、読者の属性を聞かれたら『うちの編集長がそのまま読者の属性です』と答えていますね。扱うテーマに誰よりも精通する編集長に向けてつくるのが、ひとつの編集方針になっています」。
メディアジーン 事業統括プロデューサーの尾田和実氏
テーマの濃度を調整する
スマートニュースの望月氏は、「スマートニュース自体は一次取材をするメディアではなく、あくまで各メディアから記事配信を受けているプラットフォーム」だと説明する。記事の出し分けはすべてアルゴリズムで決まるため、人的な編集方針はない。
一方、同社にて望月氏が担っている「SmartNews ATLAS Program」は、非営利団体が社会に向けて情報やメッセージを伝えていく上で、いくつか注意している点があるそうだ。2015年夏に同社の社会貢献活動の一環としてスタートしたこのプログラムでは、審査を通った非営利団体に、1000万円分のスマートニュース内の広告枠を提供している。現在は第二期として、NPO法人PIECESによる子どもの孤立を防ぐ“コミュニティユースワーカー”の育成事業と、認定NPO法人フローレンスの赤ちゃん縁組事業を支援しており、スマートニュースのネイティブ広告枠に配信するコンテンツ制作のサポートなどを手がけている。
その中で望月氏は「NPOから情報発信をするとき、それが特定の問題を広く知ってほしいとか、制度を変えたいとか、テーマが大きいほど“ストレッチ”する必要があると思う」と話す。社会的課題に熱心に取り組むほど、複雑な現実や細かい制度に目がいってしまうが、そうした部分を掘り下げすぎると、一般の人には伝わりづらくなる。そこを緩和し、感情的な部分と客観的なスタンスの間をとって制作しましょう、と話すことが多いそうだ。
よりたくさんの人に情報を届けるときの考え方として、望月氏は「続ける、広がる、巻き込む」というキーワードを提示する。「まず情報発信を点で終わらせず、継続して線にしていく。露出する場所も、自社メディアやSNSだけでなく、今日のようなイベントや、どうやったら紙メディアから取材がくるかなども考えて複数化していく。そして、世の中とつながるポイントになるような発信力のある仲間を内側に入れていく。そんなことを考えて活動しています」。
スマートニュース マネージャ グロース/パブリック担当 望月優大氏
知ることから始まる
モリ氏は、複数の活動の中から「soar」を紹介。このメディアは「人の持つ可能性が広がる瞬間を伝える」というコンセプトを掲げ、障害や難病、LGBT、貧困といった社会的マイノリティの方々へ、丁寧なインタビューを重ねている。扱うテーマは幅広く、なじみのないものも多いが、だからといって分かりやすくするために型にはめた書き方をすると、誤解も生じやすい。「当事者の方々はまさに、そういうラベルを貼られたくないと思われていることが多いので、文字量を制限せず、ライターの感じたことを交えながら必要な情報やエピソードをしっかり入れて発信するようにしています」。
実際、記事への感想では「友達の話を聞くように記事を読めた/実際のところを知ることができた」という声もあるそうだ。ダイバーシティの実現や、インクルーシブな社会を目指したとき、「社会的マイノリティの友達がいるかどうか、その人たちのことを知っているかどうかは大きなハードルになると思う」とモリ氏。また、メディアに広告を入れず、主旨に賛同する寄付会員の支援で成り立たせているのも、大きな方針のひとつになっている。
スタートアップ、テクノロジー、地方、社会的マイノリティと、モリ氏がカバーするテーマは多岐にわたる。「僕にとって人を動かすとはどういうことかを考えてみると、人がチャレンジする助けになる、新たな一歩を踏み出すきっかけをつくることなのかなと思っています」とモリ氏。それぞれ掘り下げたメディアを立ち上げてきたが、それを横断するような動きは少ない。今後は今まで分断されていた部分をつないでいくような活動も考え中だという。
inquire代表取締役 UNLEASH編集長 モリジュンヤ氏
健全な運営に意義がある
メディアを運営する際、必ず同時に挙がるのが、マネタイズや資金の問題だ。編集方針に続いて、「なぜ今その事業に情熱を傾けているのか」という問いに、メディア事業の責任者である尾田氏は「収益化のプレッシャーは常にある」としながら、「僕の場合はメディアの収益化になりますが、きっちり収益を確保して黒字化し、健全にメディアを運営していくことは、実はすごく意義あることです。同意に、Webメディアがこれからも生き長らえていくための生命線です。そこに携わるのが、僕の天命だと思っています」と語る。
モリ氏は、これまで立ち上げてきたメディアを振り返り「情熱を注げるテーマだからメディア化した、という順番ですね」と話す。最近こういう話をよく聞くな、こういう領域の人に会うなという小さな気付きが“フィルター”になり、そのテーマの情報を意識的に摂取していくと、どんどん気になっていく。せっかく人に会ったり情報を集めたりしているのなら、メディア化してアウトプットしようという流れが多いという。
ただ、やはりここでもマネタイズは課題になる。「メディアビジネス自体が、それ単体では成立しにくい時代では」とモリ氏。「特に、新規メディアがすぐに売上を立てるのは難しい。発信することで、自分たちに専門性があると周囲に伝えて、同じテーマで企業の情報発信の支援やセミナーを提供するなど、キャッシュポイントは別でつくるようにしています」。
一方でメディアが多様化する現在、メディアを使うという観点では、資金をかけずに大きなムーブメントを起こすこともできる。例えば望月氏が個人発の企画として2012〜2013年に手がけた、若年層に向けた選挙の投票促進プロジェクト「I WILL VOTE」は、Facebookを中心に使ったので「1円もかかっていない」というが、最終的にFacebook社に好例として紹介されるほどの広がりを見せた。まさに、人を動かしたかった事例だと望月氏。
今携わるATLASは、実は望月氏が発案した活動だという。NPOをはじめとする非営利団体が取り組む社会的課題は、一般メディアの取材が多いわけではなく、取り上げられても知識が乏しい分、意図と違う記事になることもある。望月氏は「熱意を持って取り組まれているからこそ、発信スキルを高める支援をしたい。NPOの人たち自身が情報発信スキルを身につけて、適切なメディアリレーションもできるようになれば、世の中の『社会問題に関する情報の質』が高まると思うんです」と話す。
登壇者の話に熱心にメモを取る参加者
エンゲージメントは基礎体力
また、マネタイズと並ぶメディア活用の大きなテーマに、効果測定がある。PVやUUは一般的だが、それだけでは測れない効果もある。これについては三者とも、「どれだけ深く届いたか」に注目しているようだ。それは、例えば記事の「読了率」「滞在時間」いった指標で可視化できる。発信する側のソーシャルアカウントのエンゲージメント(クリックや「いいね」などの反応
)も重要だ。「エンゲージメントは基礎体力として、普段からすごく重視しています。自分たちにその力がないと、誰かに頼るしかなくなってしまうので」と望月氏。
記事の最後に「感想を送る」といったボタンなどを設けていると、「実際にアクションにつながったかが分かるし、内容がどんなふうに響いたのかは僕らの参考にもなる」とモリ氏。さらに尾田氏は、記事による態度変容に注目しているという。「その人が最終的にある商品を買ったとして、その決断に僕らの記事が強く影響していた、というようなアトリビューション(間接効果)が今後重視されるようになれば、と思います。商業メディアなので当然PVなども重視していますが、例えばFUZEだと1万字ほどの長い記事で平均滞在時間が6分を超えていたので、深く届いていることにも価値を感じてもらえるといいですね」。
本当に人が動いてくれたのか、それが確かめられてこそ次の改善へとつなげられる。三者三様のメディア運営やコンテンツの考え方は、セミナー参加者にとって大きな刺激となり、パネルディスカッション後に設けられた3グループでの相談と対話の時間では、活発な意見交換が目立った。2時間半におよぶセミナーは、企業、NPO、個人、さまざまなレイヤーでのメディア活用に、学びの大きい機会となった。
登壇者と直接話せる時間には、数々の具体的な相談が持ち上がった
リベルタのイベントシリーズ「ViTALIZE」は今後もメディアリーダーズ会議のシリーズを行っていくという。コミュニケーションを重視したイベントを通じて、IT業界、メディア業界、広告業界をリードする存在を目指していく。
参加者同士、登壇者とのネットワーキングが盛んなのが「ViTALIZE」の特徴
取材・澤野啓次郎(リベルタ)/文・高島知子