広告は“嫌われる”存在なのか? 生活者との理想的な関係の築き方

 

デジタルによって、企業と生活者との間のコミュニケーションは大きく変化した。スピードも速く、より濃密に、目線を合わせてともにブランドの未来を築くことさえ可能になっている。クライアント企業同士の協業、メディアとの組み方も、自由自在だ。

 

だが、そうしたデジタルの力を味方につけるには、当然ながら優れた手腕が必要になる。ポイントのひとつになるのが、「多様化するメディアをどう使いこなすか?」という点だろう。メディアの向こう側にいる生活者に、ただ言いたいことを訴えるだけでは、嫌われるのは必至。SNSをはじめ分散化するメディアの姿と、生活者の受け止め方を正しく捉え、その場に応じたコミュニケーションを展開することが求められる。

 

企業のコンテンツマーケティングを支援するリベルタによるセミナー「ViTALIZE」、8月29日にインフォバーンにて開催されたメディアシリーズ第2回目のテーマは「今、嫌われないメディアコミュニケーションとは?」。グライダーアソシエイツの荒川徹氏、ネスレ日本の津田匡保氏、インフォバーンの長田真氏、コムエクスポジアム・ジャパンの中澤圭介氏というデジタル時代の企業コミュニケーションに精通する4者が、企業とメディア、そして生活者の理想的な関係の築き方について語り合った。

 

メディアをどう活用すべきかというテーマについて知見を求めて、約30名が参加した。

 

デジタルの第二ステージへ

キュレーションメディア、広告主企業、メディア、プラットフォーマーという顔ぶれの4者が一堂に会するのはめずらしい機会だろう。

キュレーションメディア「antenna*」を運営するグライダーアソシエイツの荒川氏は、300社ほどのメディアパートナーから記事提供を受けてキュレーションし配信する傍ら、企業のブランディングを支援している。antenna*自体を「ブランディングプラットフォーム」と位置づけ、企業が外部メディアに出稿したタイアップコンテンツを集約して再配信したり、地方自治体向けにテレビ局や出版社と航空会社を交えたブランディング企画を提供したりと、その組み方は極めて柔軟だ。

ネスレ日本の津田氏は、同社のEC事業を統括。ネスレ自体はグローバル企業として、事業を通して各国の問題を解決することをミッションに掲げ、日本でも例えば「ネスカフェアンバサダー」のような、製品販売に留まらないサービスの開発にも注力している。今回のセミナーに際し、「企業の立場として、お客様とより濃密なお付き合いをしていくきっかけづくりにメディアを活用している」と語る。

インフォバーンの長田氏は、同社が運営するデジタルマーケティング戦略情報サイトDIGIDAY[日本版]の編集長を務める。既存マスメディアやデジタルメディアを含めた「パブリッシャー」、YouTubeやantenna*や各種DSPなどのアドテクノロジーの「プラットフォーマー」、広告主企業である「ブランド」、広告代理店として「エージェンシー」の4プレーヤーがデジタルマーケティングを推進するエンジンだと捉え、各者に向けた情報を発信している。

コムエクスポジアム・ジャパンの中澤氏は、マーケティングカンファレンスやイベントを手がける、フランスに本社を置くコムエクスポジアムの日本法人に所属。マーケター向けの一大カンファレンス「アドテック東京」を筆頭に、ブランド企業とエージェンシーやベンダーをつなぐ合宿形式の「ブランドサミット」や「コマースサミット」を主催している。業界の各プレーヤーの意見を取り入れながら企画するセミナーには、そのときどきのマーケティングのトレンドが浮かび上がる

それぞれの立場でマーケティング領域の最新のトピックを注視している4者だが、まず現状の動きをどう捉えているのだろうか? メディアサイドの長田氏は、米DIGIDAY編集長であるブライアン・モリッシー氏の話として、アナログからデジタルへの移行が完了し、今はさらに次なる地点へと進んでいる段階だと説明する。

 

インフォバーン DIGIDAY[日本版]編集長 長田 真氏

 

広告は嫌われるとは限らない

モリッシー氏はこれらの段階を「A地点からB地点へ、さらに今はC地点へ進み始めている」と表現し、DIGIDAYは一連の移行中の葛藤や事件をジャーナリズムの見地から取り上げるメディアだとしている。「デジタル時代の第二ステージとなる“C地点”を具体的にいうと、2015年にスマートフォンの個人普及率が50%を超え、世帯普及率だと70%を超えた。また同年にスマホの広告費がPCの広告費を超え、翌年にデジタル広告費全体が初めて1兆円を突破した、このあたりが『デジタルが普及した次の段階』だと捉えている」と長田氏。

一方、デジタルが一般化するに伴い、これまでになかったさまざまな問題も出始めた。ステルスマーケティングや広告の不正レポート、いわゆる“コピペ”メディアなどは広告主や良質なメディアの頭を悩ませ、透明性が不可欠である流れを決定的にした。同時にユーザーへのアドブロックの広がりは広告があからさまに“嫌われもの”となっていることを示してしまった。

だが、決してすべての広告を排除したいわけではないようだ。2016年にInstagramが発表した、同年でもっとも多くの「Like」を集めた投稿は、アメリカの人気歌手セレナ・ゴメスが投稿した、本人がただコカ・コーラを飲みながらカメラをじっと見つめるポートレート。「インスタはごく一般の人が自分の生活を記録して楽しんでいるメディアなのに、見るからに広告である写真が一位になった。しかも、当初は広告表記がなかったために『ステマだ』と炎上し、そのあと追記したが結果的にもっと伸びて、現状670万のLikeがついているのが、最適な広告のあり方が確定しない“今”を表しているようで興味深い」(長田氏)。

中澤氏は日々企業のマーケターと接する中で、「今改めて、広告の質を見直す必要があるだろうという話が挙がっている」と語る。デジタルマーケティングは、ユーザーのさまざまな反応をつぶさに数値化にできることが大きな利点だ。テクノロジーの進歩に伴って、この人に届けたい、という精度の高いターゲティングが可能になっているわけだが、そこでコミュニケーションを間違うと「本来好かれたい人に嫌われる」という事態が起こってしまう。

 

コムエクスポジアム・ジャパン iMedia Chairman 中澤圭介氏

 

情報との出会いを生み出す

ターゲットが企業のコミュニケーションをどう受け止めるか。そこにはメッセージとクリエイティブはもちろん、どういうメディアで、どんなタイミングで発信するのかもかかわってくる。そうした意味で、広告の質そのものを問う時期にさしかかっているのだという。

荒川氏も、企業とともにブランデッドコンテンツを開発する立場から、「広告は嫌われるもの、デジタル上で“うざいもの”だという前提をantenna*で覆したい」と語る。タイアップ企画の場合も、提携メディアから提供を受けて配信する一般コンテンツと同じように、「信頼性のある良質な情報とユーザーとの出会いの場を創出する」という観点に基づいて取り組んでいるという。

一方、今注目している動きとして、荒川氏はAmazon Echoを例に、音声認識や音声によるコミュニケーションの市場の広がりを挙げる。「antenna*では現在3つのラジオ番組をスポンサードしているが、例えばそれぞれのMCのテイストで、番組にそぐうBGMをつけてantenna*で扱っている経済記事を読み上げると、同じコンテンツでも違う情報の届け方になると思う。それはタイアップにも十分活かせるだろうと模索している」(荒川氏)。

 

グライダーアソシエイツ 取締役副社長 荒川 徹氏

 

パーソナライズの程度は?

生活者に相対して事業を展開している津田氏は、現在の生活者の受け止め方をどう捉えているのだろうか? 特に一般消費材を扱う性質上、「昔ながらの“ザ・広告”という訴求の仕方も継続しているし、実際それが響く人もいる」としながら、「やはり世代の入れ替わりもある。今の流れだと、自分が好感を持ち、さらに友達にも見せたり勧めたりしたくなるようなコミュニケーションにもう少し軸足が移ってもいいのではと思う。表現やメッセージングのバランスをまさに模索している最中」と語る。

世代や属性、志向性などから、どのような発信が好まれるかは人によって大きく分かれるところだ。適切な人へ届けることも“嫌われない”コミュニケーションには重要な観点だ。先に挙がった精緻なターゲティングというトピックに関連して、津田氏は「そのときどきのコミュニケーションの目的に応じて、パーソナライズすることが必要だと思う」と語る。

パーソナライズは前出の透明性の観点同様、企業に今後求められるコミュニケーションのあり方だろう、と長田氏。一方で、パーソナライズが進みすぎると、「メディアとしてユーザーへの出会いを提供する、セレンディピティの創出が難しくなるのは問題だという見方も持っている。例えばメディア同士やブランド同士が連携してデータを共有すれば、今よりもっとずっと精緻なパーソナライズも可能だろうが、メディアとしてそれを導入すべきかというのは躊躇する部分」と語る。

 

ネスレ日本 Eコマース本部 部長 津田匡保氏

 

理想的な広告とは?

本来、広告は「まだ知らない人に知ってもらう、興味を持ってもらう」ことに機能するものだ。それを考えると、過度なパーソナライズはコンバージョンの確度は高くても、広い意味での“出会いの創出”は叶わないのかもしれない。だが、広く遍く伝えるマス的な広告手法では、アドブロックの問題が示すように、ユーザー側にノイズとして受け止められてしまう。そのバランスは今後もしばらく広告主とメディアが向き合う課題になりそうだ。

中澤氏は、全体の流れとして広告のノイズ化は感じるという一方で、「最近だと日清食品『どん兵衛』のマンションポエム広告のように、明らかに広告だがユーザーがコンテンツとして楽しめるクリエイティブも登場している。広告主からよく聞くのは、読者や視聴者に向き合っているメディアの方々ともっと直接話をしたいと。これまで通り、エージェンシーを介するほうがスムーズな場合はそうしつつ、コンテンツ開発などの際はアイデアの模索段階からメディアとタッグを組むことが、ひとつの正攻法になるのでは」と語る。

既存の座組みに捕らわれずにコンテンツやビジネス開発に取り組む荒川氏も、「広告主、メディア、エージェンシーとの間で、もっとユーザーに喜ばれる策はないかと日々話し合っている」という。企業が言いたいことを詰め込むのではなく、伝えたいことをユーザーが楽しめるような形でストーリーを見出して届けること。そのために、関係各社が従来の方法にこだわらず膝を突き合わせることが、“嫌われない”コミュニケーションの第一歩といえるだろう。

 

パネルディスカッション後には、参加者が各登壇者に直接相談ができる時間も設けられた

 

 

取材・澤野啓次郎(リベルタ)/文・高島知子